りりちゃんさん
旗日だから
積ん読は罪でしょうか?結論から言うと、罪じゃないです。少なくとも道徳的・法律的な罪ではないし、むしろ多くの読書好きにとっては「あるある」であり、むしろ健全な状態だとすら言えるくらいです。ただし「罪悪感」はめちゃくちゃ湧くのも事実ですよね。本棚や床に積まれた未読の本を見るたびに「また買っちゃった…」「いつ読むんだよ自分…」って自己嫌悪に陥る、あの独特のモヤモヤ。でも最近の読書界隈(ブログ・note・Xなど)では、だんだんこういう考え方が主流になってきています:積ん読 = 未来の自分へのプレゼント / 知のストック / 保険 買う行為自体にすでに意味がある(興味を持った瞬間を記録している)
読むタイミングは人生の中でいつ来るかわからない → だからこそ手元に置いておく価値がある「今読まない=無駄」ではなく、「今は読まなくてもいつか読む可能性を確保している」 要するに「積ん読=罪」という感覚は、「本は買ったらすぐに全部読まないといけない」という勝手なルールを自分で作ってしまっているから生まれるもの、なんですよね。実際、明治時代から「積ん読」という言葉自体が存在していて、当時から「積ん読先生」なんて呼ばれてたくらいですから、100年以上前から人類は同じことで悩んで(そして言い訳して)きました(笑)あなたがもし今、積ん読の山を見てちょっと胸が痛むなら、こんな風に言い換えてみるのはどうでしょう:「積ん読」→「待機中ライブラリ」「また買っちゃった」→「また可能性を1冊増やした」「読まなきゃ…」→「いつか読みたい気持ちが残ってる証拠」 もちろん、部屋が本で埋まって生活に支障が出るレベルだったり、お金がヤバいレベルだったりするのは別問題です(それは罪じゃなくて危機です)。でも「読みたい本が手元にある状態」自体は、むしろ幸せの形の一つだと思います。